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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)12号 判決 1959年10月20日

原告 株式会社平和電子研究所

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨、原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三十一年抗告審判第一、七二三号事件について昭和三十四年二月二十八日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、次のとおり主張した。

一、原告は、特許庁に対し、昭和二十六年九月十一日附で、別紙表示のとおりの、三角状図形の下部に、「ZENITER」の文字を横記して成る商標につき、第六十九類、電気機械器具及びその各部竝びに電気絶縁材料を指定商品として、登録の出願をし、該出願は、昭和二十六年商標登録願第一八、一六三号として、審査の結果、拒絶の理由を発見し得ないものとして、出願公告の決定が与えられ、昭和二十八年商標出願公告第九、八八四号として、出願公告がされたところ、この公告に対し、米国籍の会社であるゼニス、ラジオ、コーポレーシヨンから、同会社の所有に属し、「ZENITH」の文字を要部として成る、登録第四一四、九〇一号の登録商標の存在を理由とする、登録異議の申立があり、審査官は、この異議申立に対して、本願商標と申立人引用の登録商標とを、称呼上の類似商標と認定したうえ、昭和三十一年七月二十日に、その理由で原告の出願を拒絶する旨の査定をした。

原告は、そこで、昭和三十一年八月二十三日に抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一、七二三号)、昭和三十四年二月二十八日に、やはり両商標は類似の商標に属す、として、原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決があり、原告は同年三月十一日に右審決書謄本の送達を受けた。

二、右審決は、類似の商標でないものを類似の商標と認定した点において、違法のものたるを免れない。

けだし、原告の本件出願商標は、別紙表示のとおり、特殊の三角形状の図形を描き、その下部を横切るようにして「ZENITER」の文字を記載して成るものであり、右「ZENITER」の文字は、原告会社の代表者銭谷利男の「銭谷」をもじつて、採択したものであるが、本件抗告審判の審決は、右原告出願商標の「ZENITER」の文字と引用にかかる登録第四一四、九〇一号商標における「ZENITH」の文字との関係に関し、「前者(原告の出願商標)はその文字より「ゼニター」の称呼を生ずるものであること明らかであるに対し、後者(引用商標)は「ゼニス」又は「ゼニト」の称呼を有するものと謂わなければならないから、前者は後者とは最初の二音を同じくし第三音を異にするのみであつて、殊に後者が「ゼニト」と呼称される場合においてはその第三音も長音と短音の差異はあるにしても共に「タ」行に属する近似の音であつて、これらを全体として発音する場合は両者は極めて相紛らわしく取引上彼此混淆を生ずる虞が充分であると認めざるを得ないところである。」と説示し、よつてもつて本件出願商標と右引用商標とを、称呼上の類似商標と断じたものである。

しかし、審決が引用商標から「ゼニト」の称呼をも生ずるとしたことは、それ自体すでに、経験則に反する違法の認定である。何故ならば、引用商標中の「ZENITH」の文字からは、通常「ゼニス」の称呼を生ずるだけで、「ゼニト」なる称呼は生じようがないのであり、そのことは、該登録商標の商標権者たるゼニス、ラジオ、コーポレーシヨンが、本件出願に対する登録異議申立事件において、登録第四一四、九〇一号商標の称呼は「ゼニス」である旨主張している、商標権者自身の主張の上からいつても、はたまた該商標権者の商号の上からみても、全く議論の余地のないところである。

また、引用商標の称呼「ゼニス」又は「ゼニト」に対して本願商標の称呼「ゼニター」は取引上混淆を免かれない類似の称呼である、とした審決の認定も亦、明らかに経験則に反した違法の認定である。そもそも、商標の称呼上の類否判定に関して、両商標間にある程度の共通性があつても、音調上に相違があつて、通常人が商標によつて商品を選択しようとする場合に用いる普通の注意力によつて彼此区別し得るものは、法にいわゆる類似の商標となすべきではない、とする実質的な考え方は、わが旧大審院が商標法施行以来終始一貫採用してきたところであつて、そのことは、商標「ライカ」と「ライラ」(昭和一四年(オ)第一、四〇三号、昭和一五年四月三〇日言渡)、「ゴヤ」と「コヤ」(昭和一四年(オ)第七七二号、同年一二月二七日言渡)、「イカリソース」と「ヒカリソース」(昭和一五年(オ)第七九六号、昭和一六年二月一三日言渡)、「ケンビ」と「ケンピー」(昭和一六年(オ)第一、〇五七号、同年一二月一六日言渡)、これら商標間の類否に関する各大審院判決の示す通りである。いま、これを本件「ゼニス」又は「ゼニト」と「ゼニター」との関係についてみるのに、両者はきわめて簡潔なる三音語においてその語尾音を全く異にするが故に、後者を前者に、また前者を後者に言い違い、聞き違いすることは、取引上普通の注意を払わない軽卒者流においてさえ、これありと考えられないところであり、いわんや、商標によつて商品を選択しようとする普通人の普通の注意力において、これらを彼此混淆するというようなことは、全くあり得ないところである。本件事案の場合は、前掲四個の判例のいずれの事実よりも、相互の距離が遠く、かつ大であることが、領せられる。これをしも、なお、彼此混淆を免れない称呼である、とした本件審決の認定は、経験則上とうてい容認できないのみならず、上掲各大審院判例の趣旨にも反するもので、右審決は速やかに取り消さるべきものである。

三、なお、被告は、「ZENITH」の英語としての発音は「ゼニス」であるが、ラテン語系の発音では「ゼニト」であるから、引用登録商標の通常の称呼は「ゼニス」でもあり「ゼニト」でもあるとすべき旨主張するが、わが国において、英語は中学から教え込まれて一般化しているが、ラテン語についてはさような一般化の事実がない上に、一般商品の国際的交流の面においても、英米等英語系の国とのそれが圧倒的であるのに対して、フランス等ラテン語系の国とのそれはきわめて微々たる実情にある等諸般の事情からすれば、同一の綴字で英語でもあり仏語でもあるような場合、その外国語の通常の発音は、英語のそれによつて決定されるのが、取引の実際における常識であるから、引用商標の「ZENITH」の称呼は「ゼニス」であつて、「ゼニト」ではないとするのが、わが国の社会観念に合致した見方であろうと考える。

仮に、該引用商標の通常の称呼を「ゼニト」であるとしても、これと原告の出願商標の称呼「ゼニター」とは全体として余りに明確な区別があり、彼此混同を生ずるものとは考えられず、被告はさきに原告の引用した四つの大審院判決について、これらは事実関係を異にする事案についての判決である点において、適切な引用ではない、と答えたが、これら四つの判決を通じて、大審院が用いた称呼類否判定に関する規矩、その依拠したところの経験則に照すならば、「ゼニス」又は「ゼニト」と「ゼニター」との関係は、類否いずれに判定するのが正しいか、問わずして明らかであろう。かかる意味合いにおいて、本件審決の認定は、結局これらの判例の趣旨に反するものであり、経験則違反たるを免れない。

第二、答弁

被告指定代理人は、主文第一項通りの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の請求原因事実中、原告主張の商標登録出願から出願公告がされ、これに対して登録異議の申立があつたため、原告の出願が拒絶され、原告はこれに対して抗告審判の請求をしたが、原告主張の日に、その主張の通りの理由のもとに右抗告審判請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書謄本が原告主張の日に原告に送達されたことは認めるが、右審決を違法であるとする原告の主張は争う。

二、本件出願商標は、別紙表示のとおり、すなわち倒立正三角形の左右両角を切り落したような形状の塗潰しの五角形を描き、その内側に白抜きの細線で外周に平行した枠を設け、その中央上部に白抜きの細い水平線を底辺として左半部の上方及び右半部の下方にそれぞれ低い白抜きの二等辺梯形を配し、前記五角形の下部に水平にテープ状の空白部を設け、その間に「ZENITER」のローマ文字をゴシツク体で横書して成るもので、第六十九類電気機械器具及びその各部竝びに電気絶縁材料を指定商品として、登録出願をされたものであることは、原告主張の通りであり、これに対し、前記拒絶査定及び本件抗告審判の審決において本願拒絶の理由に引用した登録第四一四、九〇一号の商標は、「ZENITH」の欧文字を別紙表示の態様で斜め横書に表わしたもので、第六十九類、ラジオ受信機、テレビジヨン受像及び拡大機、ラジオ用真空管、電池を指定商品とし、昭和十五年九月六日の登録出願、昭和二十七年八月二十五日の登録にかかり、登録第一二四、九六九号の二外一件の商標と連合の商標である。そして、本件抗告審判の審決の要旨は、本件の出願商標が「ゼニター」の称呼を有すること明らかであるに対し引用の登録商標は「ゼニス」又は「ゼニト」の称呼を生ずるものとするを相当とし、前者は三音中最初の二音を後者のそれと同じくし第三音を異にするのみであつて、殊に後者が「ゼニト」と呼称される場合においてはその第三音も長短の差こそあれ共に「タ」行に属する近似の音であるから、これらを全体として呼称する場合は両者は極めて相紛らわしく、取引上彼此混淆を生ずる虞が充分であると認めざるを得ない、というにある。

三、これに対し、原告は、まず、審決が引用の登録商標から「ゼニト」の称呼を生ずる、としたことは、経験則に反する違法の認定である、と主張するが、そもそも「ZENITH」の文字は本件抗告審判の原審査における登録異議申立人の商号の一部であるとともに「天頂」、「頂上」又は「絶頂」等の意味を有する欧語であつて、また、英語において「TH」の文字は、「θ」と発音されるのを普通とするが、ラテン系の国語(フランス語等)において「θ」の音は存在せず、「TH」は「t」と発音されるものであることは、外国語の初歩的な常識である。してみれば「ZENITH」の欧語は「zé

次に、原告は、他の事件に関する判決の例を挙げて、本件審決が「ゼニター」の称呼を有する本件商標は「ゼニス」又は「ゼニト」の称呼を有する引用の登録商標と称呼上類似の商標であるとしたことをもつて、違法の認定であると主張するが、これらの判決はいずれも本件とは事実関係を異にする事例についての判決であつて、これをもつて本件審決の認定が経験則に反した違法の認定であることを認めしめる根拠とはなし得ないものである。

要するに、原告の主張するところは、いずれも本件審決を取り消すべき理由とはならない。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告が、昭和二十六年九月十一日に別紙表示のとおりの特殊の図形の下部に「ZENITER」の文字を横記して成る商標につき、第六十九類、電気機械器具及びその各部竝びに電気絶縁材料を指定商品として、登録出願(同年商標登録願第一八、一六三号)をし、原告主張のとおり出願公告をされたが、米国会社ゼニス、ラジオ、コーポレーシヨンから原告主張のとおりの登録異議の申立がされた結果、昭和三十一年七月二十日に、原告主張の理由のもとに拒絶査定がされ、原告はこれに対して同年八月二十三日に抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一、七二三号)、昭和三十四年二月二十八日に至つて、右抗告審判請求は成り立たない旨の審決があり、同年三月十一日、右審決書の謄本が原告に送達されたこと、及び右審決の理由とするところが、本件出願商標中「ZENITER」の文字と、前記異議申立人の権利に属する登録第四一四、九〇一号商標における、「ZENITH」の文字との関係に関し、「前者(本件出願商標)はその文字より「ゼニター」の称呼を生ずるものであること明らかであるに対し、後者(登録第四一四、九〇一号商標)は「ゼニス」又は「ゼニト」の称呼を有するものと謂わなければならないから、前者は後者とは最初の二音を同じくし第三音を異にするのみであつて、殊に後者が「ゼニト」と呼称される場合においてはその第三音も長音と短音の差異はあるにしても共に「タ」行に属する近似の音であつて、これらを全体として発音する場合は両者は極めて相紛らわしく取引上彼此混淆を生ずる虞が充分である。」と認定したことにあることは、当事者間に争がない。

二、ところで、審決が引用した登録第四一四、九〇一号の商標が、別紙表示のとおり「ZENITH」の文字を特殊の態様で斜め上向きに横記したもので、該商標は、第六十九類、ラジオ受信機、テレビジヨン受像及び拡大機、ラジオ用真空管、電池を指定商品として、昭和十五年九月六日の登録出願、昭和二十七年八月二十五日の登録にかかるものであることは、原告の明らかに争わないところである。

原告は、まず、審決が右引用商標から「ゼニト」の音をも生ずると認定したことをもつて、経験則に反する違法の認定である、と主張するので、考えるのに、右商標中の「ZENITH」の綴字を構成する「TH」の文字は、英語において「θ」と発音されることが通常であるが、フランス語等ラテン系の国語においては「t」の発音を有するのみならず、元来英語における、「θ」の発音も亦、耳に聞いた場合、往々にして「t」のそれと紛らわしいことがあるので、「ZENITH」は時には「zé

原告は、さらに、本件出願商標より生ずる「ゼニター」の称呼が引用登録商標の称呼と相紛らわしい、との審決の認定も亦、経験則に反する、と攻撃するが、本願商標より「ゼニター」の称呼が生ずることについては、被告も争わないところであり、一方引用登録商標からは、その称呼は「ZENITH」の文字から生ずると認めざるを得ないが、右文字が、さきに認定したとおり、「zéの点に関し、原告の引用する大審院の判例は、本件とは異なる事実関係についての判断であつて、必ずしも本件における事実認定につき絶対的な基準となるものではない。

本件出願商標は、既登録の引用商標と称呼上類似し、その指定商品も抵触すると認められるから、商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は許されないものというべく、これと同趣旨に出でた本件審決の認定は相当であつて、これが取消を求める原告の請求は、その理由がない。

三、よつて、原告の請求はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

出願商標<省略>

引用の登録第414901号商標<省略>

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